2021年04月17日

生きていることなんて忘れるくらい。

少し上手くいっていなくて(あるいは苦悩の最中に)悩んでいる時、割と生きてる感じがする。

いろいろなことが少しずつ上手くいき始めて回り始めた途端、その生きている感覚が変化するように感じている。

でも、それは決して悪いことではなくて、多分自分にできることが増えた証拠なのかもなと今のところ捉えている。

時間が経つのが早く感じて毎日が、週末が早くきて月末が早く来る、そんな感じがする。

スピードが加速する。

心が時々ついていけないと感じる夜がある。

ちょうど今夜のように。

少し過去に戻って自信はなかったけれどもがいていた頃を思い出す。

その頃の経験や知識や情報が今、糸の先端のようでいて、針の穴に通るような感じ。

口にしてしまったら、なんだかなくなってしまうような感覚だけれど、残し記しておこう。

今、思うように行き来できないのが、そう思うのが辛い。

会いたい人になかなか会いにいけないのもそうだし、もう会えなくなった人のことを思い出しては、まだこの世のどこかで息をしているような感覚になる。

この気持ちの行き場所はどこなのでろう?

八つ当たりで消えるわけでもないし、割と大丈夫な時もある。

人間らしい感覚なのかな?とも思う。

自分自身しか魂の記憶がないからわからないが、口には出さないだけで多くの人たちが感じてるかもしれない。

でも、その共有の仕方をなんだか忘れてしまっている。

打ちひしがれる。

私は、充実しているふりをしているのだろうか?

いや、そうでもないけれど、なんだか自分の感情が薄い膜で覆われている気分だ。

こうやってここに感情を吐き出すことによって少し救われた様な気分になることを願っている。

もっとあらゆることに敏感でいたい時もある。

そうしないと、いろんな感情を忘れていってしまいそうだから。

でも、受け取りすぎて疲れてしまう日もあって、揺れている。

また、とあることから、以前のようには見聞できなくなったことも少なからずある。

もう何もそこからは響かないような気がする、二度と同じなんてないのだから。

揺れ方が、振動が波長が変わったということなのだろうか?

なんとなくそういう気がする。

”愛”なんて軽々しくいっていた頃を思い出す。

やはり何も知らない浅瀬にいたから言えたのかもしれない、ある意味強かった、盲目でいて疑いも躊躇もなかった。

失った感情や覚えた反感の気持ちは、人生において決してネガティブなことではないのは一目瞭然である。

そんなことを忘れてしまって、初めて魅せられるようにはできていないことがわかった。

違いも不満もしっかりと感じていることが少し嬉しくもある。

心の声を無視して、押し切るようにしていては多分いろんな辻褄が合わなくなっていっていつか崩壊しそうな気がする。

自分に正直にあることの大切さは、誰に説明する必要はない。

なぜならば、自分に正直にあることは自分が納得する一番の近道だから、そしてそれは物事の本質だったりする。

そういうことを大切にしていけば、言葉で説明するよりも誰かと分かり合えるように思う。

理想論かもしれないが、こんなふうに感じている。

posted by Akane Teramura at 02:46 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする