2021年08月09日

久しぶりに見た短編映画。

もしもパンデミックがなかったらどんな世界だったのだろう。
私は、どんな風に毎日を過ごしていたのだろう。

振り返ると流石に2年は長いなと思った。

それでも、この先、生き続けることができたとしたら、その時間はこの2年を短く感じさせるのだろうか。

愛について考えてみた。

映画をきっかけに。

思春期の頃、なぜ愛をテーマにする歌やドラマ、映画が人に多くの影響を与えるのがわからなかった。

それは、割と大人と言われる年齢になるまでそうだった。

本当に人を愛したことがないからだと思った。

多分、私にはそういう感情が欠落しているのではないかと思ったりした。

本当に好きな人ができたとしても、なにが本当でどれくらい純度の高い正当な気持ちなのかそういうことばかり考えていた。

例えそういう人が、目の前に現れたとしても、ドラマや映画の物語のようにはできていない。

そういうことを、どこかで信じていた自分を馬鹿にしていた。

誰かに何かを捧げる。

そういうことが愛なのかと思ったりもした。

でも、そんな風に生きていたって自分に自信が持てるわけでもなんでもなく、惨めな気分でずっと不安だった。

狡い生き方を、したたかな人やことをどこか拒んでいる自分がいる。

言葉では説明できないことを、否定しては、正しくいることだけで虚しくなる。

そういうことの行き場所が急に無くなる夜がある。

今は大丈夫、そんなにひどくはない。

でも、そうならないように刺激を排除して処方箋を飲み続けて大人しく、はみ出さないようにいる。

特別目立つことをしたいわけではなくて、でも、誰かかからなにかをを奪いたいわけでもない。

事実は時々、胸を締め付けてくる。

でも、それが何?

嘆いても仕方のないことだと言い聞かせている。

傷は、いつか癒える。

それと同時に、この映画から戻ってこない時間についても考えさせられた。

そういうことは確かにある。

全てを持っては死ねない。

今まで集めてきた雑誌や本、大好きな音楽、恋人とか家族、友人・・・

今最善を尽くせるとしたら私はどうしたらいいのだろう。

いや、最善を尽くしたいのだ。

もっと私が賢くて自分に自信があったら、タフで負けん気が強かったら・・・

そんなことあげてもキリがない。

人を羨む時間があれば、その分自分の人生についてより良いことを取り入れたい。

そう思った。

けれど、愛については結局一筋縄ではいかなそうだし、私はまだまだ未熟だと思った。
posted by Akane Teramura at 00:10 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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