2021年05月08日

笑い。

『笑い』について。

笑いのつぼは人それぞれだなと感じる様になったのは、自覚するにアラサーかも。

割とそれまで自分と人との違いについて、あらゆる場面で寛容的でいられなかった。

誰かとの共感が大きなウェイトを占めていた。

長い時間一緒にいてると口癖が似てきたり共通の認識ができてきて、笑いも少なからず共有する場合がある。

『好きなことが一緒じゃなくても、相手を知ることによって自分の世界が広がるよ。』

そういう考え方を友人から聞いて『そういう考え方もあるんだ。』と感心した。

いろんなことの”意味”や”ユーモア”がわかることによって世界はより広くもなるし深くもなる。

辛いことを乗り越えたいときに、特にそんな”味方”が自分の中にあるとないとでは雲泥の差だと思う。

最悪な日の次に最高な出来事がある明日の可能性。

電気のスイッチみたいに切り替えがうまくいかなかったとしても、今までの経験上、まだ続きあるやんけ!ってなっている。

今のところ。

この日常は思いの外、自分にも自分以外の誰かにも大きく影響を与えている。

なんでもないことのささくれが、意外と絆創膏級になってしまったり。

身近な人に八つ当たりをしてしまったり。

本当は話を聞いてあげたいのに、たった一人で自分の部屋にいる矛盾。

余裕が持てない自分がいる。

外に思う様にいけない私でさえこうなのに、さらに制約された生活を強いられている人たちはどれくらいの苦痛を背負っているのか?

もどかしく、長い道のり様に思えてしまう。

でも、そんな中で見つけられる”ユーモア”や”笑い”は湿布みたい(なぜそのチョイス)

筋肉痛に湿布や!(もしくは温湿布)

とにかく、イライラしとる場合ちゃうねん。

やったら〜!う〜らら。


posted by Akane Teramura at 23:56 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月17日

生きていることなんて忘れるくらい。

少し上手くいっていなくて(あるいは苦悩の最中に)悩んでいる時、割と生きてる感じがする。

いろいろなことが少しずつ上手くいき始めて回り始めた途端、その生きている感覚が変化するように感じている。

でも、それは決して悪いことではなくて、多分自分にできることが増えた証拠なのかもなと今のところ捉えている。

時間が経つのが早く感じて毎日が、週末が早くきて月末が早く来る、そんな感じがする。

スピードが加速する。

心が時々ついていけないと感じる夜がある。

ちょうど今夜のように。

少し過去に戻って自信はなかったけれどもがいていた頃を思い出す。

その頃の経験や知識や情報が今、糸の先端のようでいて、針の穴に通るような感じ。

口にしてしまったら、なんだかなくなってしまうような感覚だけれど、残し記しておこう。

今、思うように行き来できないのが、そう思うのが辛い。

会いたい人になかなか会いにいけないのもそうだし、もう会えなくなった人のことを思い出しては、まだこの世のどこかで息をしているような感覚になる。

この気持ちの行き場所はどこなのでろう?

八つ当たりで消えるわけでもないし、割と大丈夫な時もある。

人間らしい感覚なのかな?とも思う。

自分自身しか魂の記憶がないからわからないが、口には出さないだけで多くの人たちが感じてるかもしれない。

でも、その共有の仕方をなんだか忘れてしまっている。

打ちひしがれる。

私は、充実しているふりをしているのだろうか?

いや、そうでもないけれど、なんだか自分の感情が薄い膜で覆われている気分だ。

こうやってここに感情を吐き出すことによって少し救われた様な気分になることを願っている。

もっとあらゆることに敏感でいたい時もある。

そうしないと、いろんな感情を忘れていってしまいそうだから。

でも、受け取りすぎて疲れてしまう日もあって、揺れている。

また、とあることから、以前のようには見聞できなくなったことも少なからずある。

もう何もそこからは響かないような気がする、二度と同じなんてないのだから。

揺れ方が、振動が波長が変わったということなのだろうか?

なんとなくそういう気がする。

”愛”なんて軽々しくいっていた頃を思い出す。

やはり何も知らない浅瀬にいたから言えたのかもしれない、ある意味強かった、盲目でいて疑いも躊躇もなかった。

失った感情や覚えた反感の気持ちは、人生において決してネガティブなことではないのは一目瞭然である。

そんなことを忘れてしまって、初めて魅せられるようにはできていないことがわかった。

違いも不満もしっかりと感じていることが少し嬉しくもある。

心の声を無視して、押し切るようにしていては多分いろんな辻褄が合わなくなっていっていつか崩壊しそうな気がする。

自分に正直にあることの大切さは、誰に説明する必要はない。

なぜならば、自分に正直にあることは自分が納得する一番の近道だから、そしてそれは物事の本質だったりする。

そういうことを大切にしていけば、言葉で説明するよりも誰かと分かり合えるように思う。

理想論かもしれないが、こんなふうに感じている。

posted by Akane Teramura at 02:46 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年03月08日

寝られないので少し書いてみることにした。

大事なデータがちゃんとHDDに移行できておらず、古いHDDを持ち出してみたがPCで認識せず。
しかしながら、他のPCに持ち出すときUSBに入れておいたのを思い出して、無事編集ができそうだ。はぁ、よかった。

今後こう言った類のトラブルが起こらないように対策しないとだな。

もう一度データの確認やら、その他の作業は頭を使うので明日時間を取ろう。

今は、なんだか考えがたくさん出てきて寝られないから、頭の整理をする意味で書いている。

ここは私の脳内部屋だから、少し気持ちを吐き出して記録したい。

アナログで気持ちを書く時もあれば、こうやってデジタルに残す時もある。

気分によって変えている。

私は、気ままが好きだ。でも、逆に気ままな人にはどう対処していいかわからないところがある。

自分と似た部分を持っていると、戸惑ってしまうのかも。

とにかく性格的な相性もあるしね。

そして”こうじゃなやいけない””普通はこうだ”と言われるととっても息苦しい。

しっかりしないといけない部分や場所があるのはわかっている。

ルールや規則がある場所や物事があるのも知っているし、多くの人が通るであろう道があるのもわかっている。

そのやり方の方が近道だっていう人もいるだろう。

耳を傾けていないわけじゃないけれど、それは私が決めることだ。

そんなことをグルグル考えていた。

少し、気持ちを掃除したい。

誰に、何を証明するわけでもないので、淡々とできることをこなすのみである。
posted by Akane Teramura at 02:33 | Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする